禅語 看脚下

きゃっかをみよ と読みます。

 

脚下照顧も同じ意味で使います。足元に気を付ける、脱いだ靴を揃えなさい。ということですね。

 

前や先を気にしすぎたりすると今やることを見失ってしまったりします。

自分の前にいてる人を意識して追いかけていて、見失ってしまったときに寄る辺をなくしてしまう。

 何かを頼りに生きていいると、それを失ったときにどうしていいかわからなかったりすることがあります。

 

つまり、迷いが生じてどうすればいいかわからなかったりした時には自分の足元や心にを見つめることが、次の行動を起こすのに役に立つということですね。

 

やはり、今ここ自分

 

靴を揃えるという習慣も、慌てないで一つ一つの事を進めていくことで、次の行動がより落ち着いたいいものになっていくということではないでしょうか。

コメント