禅語 供養

くよう と読みます。

 

一般的には故人に対して、行われるものであると認識されてると思います。

生きている人に対しても供養は行われるということが書いてあったのですが、ここではそれは省きます。

 故人に対しての供養ですが、直接的におこなわれると考えるのが、一般的だと思います。

法事とかお墓参りとか、仏壇に手を合わすなんかもそういう供養ですね。

 それとは別にもう一つ間接的な供養というものがあるといいます。これは、自分が功徳を積む、ここでは善行を行うということです。

善い行いをするということが、めぐりめぐって故人に行き届き供養になるという考え方です。

 

どういうことなのかなあと思ったのですが、故人にとっては残していった人が、どう生きるかが一番の気がかりなのではないでしょうか。

そういう意味で、善い生き方をすることこそ一番の供養になるということなんだと思います。

 

もう一つ、別の角度で考えると亡くなった人が何を望むかということを考えたことがあるので、後日また話したいと思います。究極の状態での残された人たちの生き方です。

コメント